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使わないサブスクをすぐにやめると心がワサワサして大変になる、私はね。

サブスクの時代になって、色々なサービスに購読するようになった。

そこで、「使わないサブスクをすぐにやめましょう!もったいないから」

って言う人がいるんだけど、そう言う人たちの言うことを聞いていると

私は非常に疲れてしまうということに氣づいた。

なぜか?

確かに使っていないサブスクに対してお金を払うという意味で、

もったいないかもったいなくないか「だけ」で考えると上記のような考えになっちゃうんだけど、

サブスクをやめた途端にそれが必要になることが私には良くある。

サブスクっていつでも手元にあるから、いつでも使えるということで、

今すぐにやらなくて良いと思ってしまうんだけど、そのサービスをやめてしまったら、

実は必要だったということに氣づかされるんだよ。

だから、サブスクをしてはやめ、してはやめ、って感じでしばらく往復してた。

最初はなんでかな〜と考えてたんだけど、結局は必要だからサブスクしていることに氣づいたんだ。

これって、東京に住んでいる人があまり東京の名所を観光しないように、

「近くにあるといつでも行けるから今すぐ行く必要がない」という考えが

発動しているということなのかも知れないと。

映画をNetflixで見るのならいつでも見れるけど、ビデオをレンタル屋さんで借りたら、明日返さないといけないから今日中に見ないと!ってなるから、

強制的に見るんだけど、

Netflixなら「今度見るからいっか」って言ってその映画をなかなか見るに至らないことがある。

ちょっと待てよ。

不便の時の方が実は行動派だったのに、便利になった途端、自分動かなくなったなぁ〜と。

これは不便の方が実は幸せだったということか?なんて一瞬思ったが、

それはそれでyes and noなんだよ。

いつでも手元にあるというのは幸せなことでもあるんだけど、

ありがたみを忘れてしまう原因にもなりかねないなと思うんだ。

だから、サブスクできること自体に感謝すれば良いんじゃないかなと。

もったいないかもったいなくないかだけを考えながら、お金を氣にしながらサブスクするのって心の健康によくないなと。

別にサブスクに払うお金がないわけじゃない。

もったいないかもったいなくないかをベースに考えるから全てがバグり出す。

だから、無駄か無駄じゃないかだけを左脳で判断するのは間違ってるんじゃないかって。

実際にサブスクをやめてみて、1〜2ヶ月以内に再度サブスクするなら、それは自分にとって必要なサービスだったということだよね。

だから、今後は「ごく近くにあるものに感謝し続けよう」ということなのかなと思った。

そうすれば、近すぎて見えないということにはなりにくいからね。

Genx

日々考えたこと学んだことを綴っています。

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Tags: サブスク

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