人間のポテンシャルを制限してしまう「言葉」と「記憶」

コラム

人間は本来無限のポテンシャルを持っています。しかし、生きていくうちにいつの間にか社会の風習に流されてしまうことで、本来自分が持っていたポテンシャルを自分自身で抑えてしまうことがあります。

よく「日本は世界で一番成功した社会主義国だ」と言われますが、これって何が原因なのかなと私なりに考えたところ、理由は言葉にあると思っています。

どういうことかというと、日本語には謙譲語というものがありますよね。謙譲語では自分がへりくだるような表現を使いますが、実はこれが自分自身に対しての洗脳になってしまっているんですね。日本では「謙虚」でいることは良いこととされていますが「自分がへりくだる」ことを日々続けているとそれが潜在意識に到達し、「自分には価値がない」という意味として浸透してしまうんです。

「へりくだるのは日本の文化だし、本当に自分の価値が低いわけではないよ」と頭で思っていたとしても、潜在意識には冗談は全く通じないのでそのへりくだった自分が自分自身を見る目になってしまい、それが自尊心を下げる原因になってしまうのです。自尊心が低くなると自分自身の人生のハンドルを放棄したも同然で、国家は社会主義を簡単に回せるようになるんです。

ですから、日本人が謙譲語を使う度に自分自身をトラップに陥れていると私は思っています。だから謙譲語を使うのはおすすめしないです。-1と0と+1があったとしたら、わざわざ-1を選ばなくて良いんですよ。そんなに謙虚でいるのが美徳と思うのなら、せめて「0」でいいじゃんと思います。「0」なら自分を上げることもないし下げることもない。だから潜在意識に変な刷り込みをすることがないし、ニュートラルで完璧なのです。自分以外の誰かに自分の力を渡すな、自分の力を取り戻せということです。

もう一つ別の話をします。

有名な話ですが、ノミという生物は自分自身の身長の何十倍の高さを軽々ジャンプできるとされています。でもそのノミを瓶の中に入れて蓋をしてしまうとどうなるか。最初のうちはジャンプを試みますが、途中からジャンプするのをやめてしまいます。なぜかというと、ジャンプする度に天井に頭をぶつけて痛い思いをするからです。

ジャンプするのをやめたノミを瓶から出し、青空の下に置いてあげてもノミはかつてのようにジャンプしなくなります。なぜなら「ジャンプしたら頭を打って痛い思いをするし、それは嫌だし、怖い」という記憶を作ってしまったからです。

青空の下で頭を打つことはないにも関わらず、自分自身が作った記憶にとらわれ続け、自分自身のスキルを出さなくなってしまうんですね。つまり、記憶を作る行為はポテンシャルを下げる原因となります。だからこそ、記憶は作らず毎回リセットした方が良いんです。

どんなに二つの出来事に関連性があるように見えていたとしても、過去は過去、今は今であり、全ての出来事は独立しているので関連性はないことを心の底から理解すれば良いのです。余計な関連付けをすることをやめればあなたの世界は変わります。

過去に上手くいかなかったからといって次も上手くいかないとは限らない。次は上手くいくかもしれないのです。だからこそ記憶は作らないことです。

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